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福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)1273号 判決

原告 国

訴訟代理人 山口英尚 武田正彦 宮本吉則 ほか二名

被告 三建設備工業株式会社

主文

一  被告は原告に対し、金八六七万八〇四六円及びこれに対する昭和四六年二月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分して、その四を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四四一七万一一四五円及びこれに対する昭和四六年二月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員(若しくは昭和四九年一月一〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員)を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は福岡市中央区薬院二丁目六番一一号に福岡逓信病院を設置経営しているものであり、被告は東京都中央区日本橋蠣殻町二丁目二二番地に本社を、福岡市中央区舞鶴二丁目四番五号に出張所を置き、空気調和設備等の設計施工の事業を行つているものである。

2  原告は昭和四六年二月一三日、被告に右福岡逓信病院の暖房用配管破損に伴う修理工事を請負わせた。

3  被告は同月二〇日、その下請人である訴外斉藤和夫(以下、斉藤という。)雇傭の配管工訴外小松義信(以下、小松という。)をして、前記請負工事の一部である同病院管理棟の細菌検査室のモルタル外壁を貫通している暖房用配管の屋外部分の付け替え作業に従事せしめた。

4(一)  右小松は同日午後三時三〇分ころから午後五時三〇分ころまでの間、右配管の付け替えのため、同配管の継手「エルボ」をアセチレンガス切断機を用いて暖め、これを抜き取るという作業を行つた。

(二)  その際、右エルボの一端とモルタル外壁との間隔は、わずか一センチ数ミリしかなく、極めて接近しており、且右配管の外壁貫通個所には、配管と貫通孔周囲のモルタルとの間に五ないし六ミリの隙間があつたのであるから、アセチレンガス溶接の技術を有する小松としては、わずかな注意を払いさえすれば、この隙間からアセチレンガス切断機の火炎が入り、右モルタル壁内の木材に着火して、火災をひきおこすおそれがあることは容易に予見できたところである。

(三)  従つて、右小松としては、このような場合、右隙間に不燃材を詰めるとか、鉄板でこれを覆うなどして火炎を入れないようにし、もつて火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、同人はこれを怠り、右のような措置をとることなく漫然と同切断機の火炎を右隙間に入れながら前記作業をなした重大な過失により、同壁内の木材に着火させ、更に順次同検査室の内壁、天井等に燃え移らせ、翌二一日午前一時一〇分ころ前記管理棟を昭和二六年一〇月八日建築部分中の延二三七・六〇平方メートルを残して焼失させた。

5  原告は右の火災により、次の損害を被つた。

(一)管理棟  一棟          金八三二万一五七三円

(二)衛生暖房電気設備         金四五八万一八九三円

(三)消耗品              金二三七万九九八六円

(四)備品               金五六二万一三五一円

(五)重備品              金一七四万二〇〇〇円

(六)被服               金  一万三〇三二円

(七)備品図書             金五六四万九一四九円

(八)消耗品図書           金一一六六万九四二七円

(九)医療器具消毒依頼料        金  六万三〇〇〇円

(一〇)各種検査依頼料         金  四万六二〇一円

(一一)本館(病棟)窓ガラス破損入替費 金 三二万〇七七八円

(一二)中央材料室、監視員宿直室への模様替えその他電気工事費

金七三万九〇〇〇円

(一三)火事跡撤去その地工事費     金一四五万〇〇〇〇円

(一四)超過勤務手当          金一一七万一二六六円

(一五)旅費              金  三万二二〇六円

(一六)通信費             金  四万四八五四円

(一七)その他消耗品費         金  五万二七二九円

(一八)雑費              金 二七万二七〇〇円

右 合計               金四四一七万一一四五円

6(一)  小松の前記行為は、失火の責任に関する法律の但書により、不法行為に該当し、被告は直接又は間接に同人を指揮監督するものとして、同人の使用者に当るから、民法七一五条により前記損害の賠償責任を負う。

(二)  被告は第2項記載の請負契約により、原告に対し債務の本旨に従つた履行をなすべき義務を有するので、その履行補助者たる小松の前記注意義務懈怠により生じた前記損害については、民法四一五条(不完全履行)により、賠償の責任を負う。

よつて、原告は被告に対し、右不法行為若しくは債務不履行による損害金四四一七万一一四五円及びこれに対する不法行為責任については、同行為の日である昭和四六年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、債務不履行責任については、本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年一月一〇日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1項、第2項については認める。

2  第3項は否認する。被告が小松に右工場を行わしめたのではなく、被告は右工場を請負つた際、原告側(前記病院の担当者中島会計係長)の承認を得て、右工事を配管業者の斉藤に下請させたのである。従つて、小松は斉藤の指示により右工事に従事したものである。

3  第4項(一)については日時の点は不知であるが、その余の事実は認める。同項(二)の事実は否認する。エルボの一端とモルタル外壁との間隔は約四センチあつた。同項(三)の事実については、管理棟の大部分が昭和四六年二月二一日午前一時一〇分ころ焼失したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  第5項は不知。

5  第6項(一)の事実は否認する。小松の行為は失火の責任に関する法律の本文に該当するものである。又、被告は小松の使用者ではない。同項目(二)の主張は争う。

三  抗弁

本件火災が小松の前記作業に起因するものであるとしても、小松の右作業が終了したのが昭和四六年二月二〇日の午後五時三〇分ころであり、出火覚知時刻が翌二一日の午前一時三〇分ころであることからすれば、本件火災は燃え上る前に八時間もの間くすぶり続けていたことになり、原告側に左記の過失がなかったならば、本件火災は未然に防止でき、あるいは早期消火が可能となつて、損害は最小限にくい止められた筈であるから、被告が賠償すべき損害額の算定については、これら原告側の過失が斟酌されるべきである。

1  福岡逓信病院管理棟には重要な書籍、医療器具が保管してあり、別棟には入院患者も多数いたのであるから、右建物管理者は、火災予防、火災早期発見、早期消火のために、同建物に煙探知器、火災報知器及び消火栓等を設置し、且いつでも右器具が作動するような状態にしておくべき当然の義務を有するところ、本件においては右煙探知器はもともと設置してなく、火災報知器は設置してあつたものの出火当時電源が切れていたため作動せず、また消火栓は水圧が不十分でその目的を果さなかつた。

2  前記病院の中島会計係長は、小松の出記作業の概略を監視員と事務当直員に説明し、右現場については十分に見守るよう依頼していたにもかかわらず、右監視、当直を担当した同病院の河村義則及び木山厚は右工事の行われた細菌検査室を十分に監視せず、炎が燃え上つた時刻には右両名は近くの屋台で食事中であつた。

四  抗弁に対する認否

1  第1項については、煙探知器が設置されていなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件火災当時の福岡逓信病院の消防用設備は、当時施行されていた消防法及び福岡市火災予防条例(昭和二六年八月一〇日福岡市条例第六九号)の規定に適合するものであつた。

2  第2項については、中島会計係長が監視員と事務当直員に工事の監視を依頼したこと及び本件火災発生時、右両名が食事中であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

斉藤、小松らは工事が終了すれば監視員に報告するように指示を受けていたにもかかわらず、これをなさずして帰宅したものである。監視員と当直員はいずれも所定の巡回監視を実施しており、本件火災はその発生経過からして右両名がずつと在室していたとしても早期発見は困難である。又、消火栓の作動が不完全であつたというのは完全に炎上した後のことである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第1、2、4(一)(日時の点を除く。)の各事実及び同4(三)の事実中、管理棟が昭和四六年二月二一日午前一時一〇分ころ炎上し、その大部分が焼失したことは当事者間に争いがない。

二  本件火災の原因について

〈証拠省略〉を総合すると、(一)小松は昭和四六年二月二〇日午後三時三〇分ころから午後五時三〇分ころまでの間、福岡逓信病院管理棟の細菌検査室他四ケ所において、右細菌検査室等のモルタル外壁を貫通(壁と交わる方向。以下同じ)して屋外地中の主管に接続していた暖房用の還り管を途中で切断して、その一端を従前から屋外地上約二五センチくらいの所に設置してあつた別の配管に溶接して接続するという作業に従事したこと、(二)右作業の際、小松はアセチレンガス切断機を用いて地中から出ている配管を切断し、モルタル壁側の配管(切断された片方)に付着している継手「エルボ」を取り外そうとしたが、これが錆びて容易に外れなかつたため、右個所を前記切断機で熱して取り外そうとし、右エルボの一端とモルタル壁との間隔がわずか一センチ数ミリしかなく(エルボの中心から右壁まででも四センチから六センチ程度である。)、しかも配管がモルタル壁を貫通している個所には右配管の周囲に五ないし六ミリの隙間があつたにもかかわらず、この隙間に不燃物を詰める等して同所に火炎を入れないような措置をとることなく、漫然とやや斜め前方から約五センチの火炎を有する前記切断機でもつて右エルボを約一分間熱したこと、その結果、モルタル壁の右切断機の火熱が当つた部分は茶褐色に変色していたこと、(三)本件火災は翌二一日午前一時過ぎころに初めて目撃されており、目撃者の供述は最初管理棟一階の細菌検査室付近から火が出たとの点で一致していること、(四)鎮火後の状況として、管理棟一階の各室のうち、燃焼の度合が最も激しいのが細菌検査室と病理検査室の境目付近であること、モルタル壁は外見上異常はないが、細菌検査室の前記暖房用配管貫通個所に焼痕が認められ、右壁を順次破壊してみると、同壁内の下見板等は右配管を中心として著しくくん焼、炭化しており、同所を中心として扇形に細菌検査室と病理検査室の境壁内部が焼失している状況が認められたこと、細菌検査室の他、小松が前記工事を行つた病理検査室及び培地室の配管貫通個所のモルタル壁を破壊してみると、右各所にもわずかな焼痕が認められること、(五)本件火災当日福岡市中央消防署消防士によつて実施された実況見分並びに右同日及びその翌々日たる二月二三日司法警察員によつて実施された実況見分のいずれによつても、前記小松の工事の他には特段本件火災の原因と考えられる事実が発見されていないこと、の以上各事実が認められ、〈証拠省略〉右(二)の事実に反する部分は措信し難い。

而して、右認定の各事実を総合すれば、本件火災の原因は、小松が前記暖房用配管のエルボをアセチレンガス切断機で熱した際、その火炎が貫通個所の隙間からモルタル壁内に入るか若しくはその火熱によるかして、同壁内の可燃物に着火し、内部で長時間くすぶり続けていたものが、ついに翌二一日午前一時過ぎころになつて燃え上つたものと推認するのが相当であつて、本件中には右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

三  小松の責任について

前項で認定したところからすると、小松がアセチレンガス切断機で加熱したエルボの一端とモルタル壁とはわずか一センチ数ミリしか隔っておらず、しかも同壁の配管貫通個所には配管を中心として周囲に五ないし六ミリの隙間があつたというのであるから、そのようにモルタル壁に近接した個所で五センチ程度の火炎を有するアセチレンガス切断機を用いたならば、右隙間からその火炎若しくは火熱がモルタル壁内部に侵入し、もって火災を引き起こす可能性のあることは容易に想像できるところであり(もっとも〈証拠省略〉によれば、右小松はその壁をコンクリート製のものと考えていたかの事情が窺われるが、仮にそうだとすればそれ自体アセチレンガス切断機を用いるについて周囲への配慮を欠いていたことの証左であつて、その確認が極めて容易であることを思えばこの点は後記結論を左右するものではない。)、〈証拠省略〉によれば小松もこのような貫通個所の位置関係、状況を十分に認識していたものと認められるから、同人がこの認識の上にたちながら、いささかも火災の発生を顧慮することなく、何らの火災防止手段をも講せずして、前述の如く安易にアセチレンガス切断機でエルボを加熱し、更に右作業完了後モルタル壁の火炎が当つた個所が茶褐色に変色していたにもかかわらず火の始末につき十分な確認も行わずそのまま放置していたことは、同人が業務上アセチレンガス切断機を使用するものとして火災等の事故防止につき高度の注意義務を負つていることも合せ考えると、著しくその注意義務を欠いたものというべきであつて、その行為は「失火ノ責任ニ関スル法律」の但書に規定する重大な過失に該当するものと解するのが相当である。

四  被告の責任について

〈証拠省略〉を総合すると、(一)被告会社は同社において請負つた空気調和設備等の設計施行工事については、自らはその施工に当らず、全て斉藤ら下請業者に材料を提供して下請させ、同社の社員が工事現場においてこれを指揮監督してその工事を完成させるという営業形態をとつていること、(二)斉藤は小松、藤井、岩見の三名を使用して個人で配管業を営んでいたが、その仕事の約三分の二は被告会社からの下請工事であること、(三)被告会社は昭和四六年一月末ころから、熊本郵政局より代金三八〇万円で請負つた福岡逓信病院新館手術室の空調機、無影灯の設備工事を、同社社員の吉岡を現場監督として派遣して施工していたところ、同年二月一三日ころ同病院の会計資材係長である中島から右吉岡に対して本件工事の依頼があつたこと、(四)吉岡は数日後斉藤に指示して中島らと破損個所を見分し、三者で協議のうえ管理棟は近い将来建替える予定でもあるので、右(三)の工事の暇々に一応屋外の配管を付替えることにより応急的補修をすることにし、それ以上細部、具体的な事柄については、以前から何度も斎藤に同病院の同種補修工事を下請させていることもあつて右斉藤に一任し、代金は一応一万円程度ということでその明細は補修工事完了後、被告会社から同病院に請求することにしたこと、(五)従来からの被告会社と斎藤との関係(右(一)、(二))からして、中島、吉岡、斉藤あるいはその使用人である小松らの間では本件工事についても最終的には全て吉岡の指示に従うことが当然のこととして了解されていたこと、(六)吉岡は(三)の工事のためもあつて、ほぼ毎日同病院を見回つて工事の進行具合等を点検しており、本件工事が行われた二〇日にも午前一〇時三〇分ころ同病院に来ており、斉藤から午後から本件工事を行うとの報告を受けてその旨を中島に連絡するとともに逆に同日午後六時からは大丸デパートで別の仕事があるから、その時間にはそちらの方へ行くようにとの指示を与え、一旦他の現場を見回つた後、同日正午過ぎころ再び同病院に来て、斉藤及び中島に本件工事のことを頼んで帰社していること、の各事実が認められる。

これらの事実、特に被告会社及び斉藤の営業形態、従前からの両者の関係、本件工事についての吉岡の指示の程度からすれば、本件工事の施工について下請業者である斉藤あるいはその使用人である小松らは被告会社の使用人と同視し得る立場にあり、被告会社の指揮監督関係は直接同人らに及んでいるものと認められるから、このような場合、右小松が本件工事を行うについて前述の如き重大な過失により原告に与えた損害については、被告会社は民法七一五条にいう使用者として、その賠償の責を免かれないものと解するのが相当である。

五  原告の損害について

原告の損害についてみるに、まず請求原因5(一)の管理棟についてであるが、〈証拠省略〉によると、右管理棟は昭和二六年一〇月八日一、二階延六五三・三八平方メートル、総工費五八一万六六七六円(一平方メートル当り八九〇二円)で新築され、昭和三五年三月二三日一、二階延二九六・九九平方メートルが総工費四四八万七二〇一円(一平方メートル当り一万五一〇九円)で増築されたことが認められ、本件火災により焼失を免れた部分がいずれも右昭和二六年新築にかかる二三七・六〇平方メートルであることについては被告は明らかにこれを争わないから自白したものと見做し、前記証拠によれば右新、増築部分とも木造瓦葺であると認められるから、その耐用年数は二五年を相当として管理棟焼失による損害を計算すると別紙数式〈省略〉のとおり三二五万三〇八六円となる。尚、〈証拠省略〉中評価基礎額の点は、その算出根拠が不明(新、増築部分とも同一単価であり、〈証拠省略〉によれば評価替が行われているかの事情が窺われるが、いずれにせよ〈証拠省略〉にいう評価基礎額を二万六三五四円とする根拠は明らかでない。)であつて採用できない。

請求原因5(二)の衛生暖房電気設備については、〈証拠省略〉及び焼失したのが相当大規模な病院の管理棟であることを思えば、排水、通気、給水、ガス、換気、蒸気暖房設置等原告主張の設備のあらかたはその存在が推認できるが、その各一の存在、単価、耐用見込年数については証拠上いずれも明らかでなく、これらの設備についてその設置されていた建物と別個に耐用見込年数を計算すること自体が疑問であるところから、右項目についての損害額は原告主張の三割に当る一三七万四五六七円と認めるのが相当である。

請求原因5(三)ないし(八)の損害についても、〈証拠省略〉を総合すると、本件火災によつて原告が被つた損害のおおよそのところは推認できる。ただ、個々の損害については、本件中の如何なる証拠によつてもその認定を躊躇せざるを得ないが、これは本件事故及び損害の特殊性からある程度止むを得ないところと認められるから、これらの諸事情を考慮すると、原告の損害は少くとも請求原因5(三)の消耗品については、請求額自体が火災後の購入価格を基礎としていると認められることから、その四割に当る九五万一九九四円、同(四)ないし(六)の備品、重備品及び被服については、請求額の各五割に当る二八一万〇六七五円、八七万一〇〇〇円及び六五一六円、同(七)の備品図書及び同(八)の消耗品図書については、それぞれ請求額の各三割に当る一六九万四七四四円及び三五〇万〇八二八円(これら図書については、ほとんど医学書であることを思うと、出版年数が古いということのみで一律に購入価額に一定倍率を乗じて時価を算定することは必ずしも適切とはいえない)を下らないものと認めるのが相当である。

その余の損害額(請求原因5(九)ないし(一八)については本件中これを認めるに足る証拠は存しない。尚、請求原因5(九)ないし(一三)及び(一七)、(一八)記載の損害については、〈証拠省略〉に一応その概略の記載があるが、損害の内容及び立証の難易性を考えると、右証拠のみでは未だその主張を認めるに足りないものと解される。

以上のことを総合すると、本件火災により原告の被つた損害は少くとも一四四六万三四一〇円であるといわなければならない。

六  過失相殺について

本件火災の原因及び出火の態様については既に述べたとおりである。

そこで、原告側の過失について検討するに、まず管理棟には前述のように多数の備品、書籍等が存在し、〈証拠省略〉によれば、別棟には新生児や重症患者らが多数寝起きしていたことが認められるから、原告にも火災等の事故防止につき高度の注意義務が課せられていることは当然であつて、本件火災発生当時のように同病院内において、溶接器やアセチレンガス切断機を用いた工事が行われているときには、通常にも増して細心の注意が要求されているものと解される。しかるに、〈証拠省略〉によると、(一)前記中島会計資材係長が帰宅に際して、同病院の監視員と事務当直員に小松らの工事現場を見守るように指示していた(この点については争いがない。)にもかかわらず、本件中には右監視員らが小松らの工事跡を点検したと認め得る証拠は存せず、かえつて前記各証拠にはいずれもこの点に関する供述がないことからすると、逆に右確認を怠つていたとの事実が推認されること、(二)右事務当直員である木山が午後八時ころ管理棟を見回つた際、右棟内の火の始末につき十分な点検を行つていないとの事情が窺われること、(三)前述の本件火災の発生態様からすると、監視員である河村が二〇日の午後一一時過ぎか翌二一日の午前〇時三〇分過ぎころ(時刻は確定できない。)管理棟を建物の外部から見回つた際、同人が監視員としての通常の注意を尽したならば、当然細菌検査室付近で煙なり異臭なりに気付く筈であるにもかかわらず、同人は全くこれらの異常に気付いていないこと、(四)火災報知機については本件中にこれが作動したとの証拠が全くないことから逆の事情が推認され、屋内消火栓も水圧が低く十分に利用できなかつたことからすると、これらの点で管理棟の防火設備は十分でなかつたこと、(五)管理棟が炎上した二一日午前一時過ぎころ、右木山と河村は近くの屋台で食事中であつたこと(この点については当事者間に争いがない。)、の各事実が認められ、これらの事実と既に述べた管理棟が炎上するに至つた経緯とを総合してみると、原告にも本件火災による損害拡大につき多大の過失があつたものといわねばならず、以上述べてきた原、被告双方の側における注意義務の程度、過失の態様あるいは互いの注意義務が尽された場合に予想される被害の程度等諸般の事情を考慮すると、本件損害発生につき原告と被告の過失の割合は四対六と認定するのが相当である。

七  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、一四四六万三四一〇円の六割に相当する八六七万八〇四六円及びこれに対する本件火災発生の日である昭和四六年二月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 美山和義 綱脇和久 河村吉晃)

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